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ピクチャ 4

ピクチャ 5

ピクチャ 3


自然界のDesignにはどこか共通したものがある。Self Similar(自己相似性)という原理だ。これを数学的に表現しようというのがFractal-フラクタル。つまり同じ式の繰り返しから自然界のDesign生成をしようというもの。

1975年 仏人数学者 Benoît Mandelbrot(マンデルブロート)は、自然はFractalであると言ったが、それは自然の形成原理が「自己相似性」にあるという意味。つまり簡単な式を繰り返すと複雑さを形成することができる。それもちょっとした複雑さではなくて、「無限の複雑さ」を形成できるということ。

自然は、われわれが考えるほど滑らかでも連続的でもない。

目に浮かべただけで、ぼくにはそれがすぐにも絵に浮かぶ。自然の絵を描く描き手は、筆で同じ動作を繰り返す。Gogh(ゴッホ)の絵なども同じ筆の繰り返しだったり、他にも例えば杉の木を描き続ける日本人画家の豊田三郎(100歳)などは直感的にFractalをとらえてた。陶芸などでも、高温の窯から取り出した時に、想いもよらない自然を発見することができるし、芸術性のなかにFractalが潜んでいるのは間違いない。

では、なぜFractal は美しいのか?

Fractalは秩序と無秩序の境目にある。そして我々もそこにいて、親和性も高い。

「部分」が「全体」を表すという考えを物質的にとらえず時間でとらえると、Fractalな時間として、また違う世界が広がる。一時間の中に一生があるかもしれないし、生命発展の歴史を母親はわずか10ヶ月で再現することができる。これを母親から母親への連綿と時間軸にならべてみると、我々の一生と宇宙の一生が同じ式で運行されているかもしれない。

音楽の世界は? Bach(バッハ)のBrandenburgは、炭素系の生物であれば気持ちいいだろうという理論のもとにVoyager(ボイジャー)に詰め込まれてMessageを乗せ宇宙に飛び出した。ぼくの好きなJazzはといえば、決められた規律の上を積極的にOutしながらChaosに挑み、無秩序との境目を選んでは波乗りするようなもの。

FractalとChaosはよく似ている。似ているどころか、それぞれは一つの真理を違う側からみているにすぎない。Chaosの立場の人は自然を科学で「分析」するのに対して、Fractalの立場の人は、自然を理論によって「合成」することに興味を持っている。人の心拍数でいえば、健康な人ほどf/1揺らぎがあって、不健康な人ほど揺らぎがない。

Fractal には底がなく、天井もない。基準になる尺度がないから、一度 Fractalの目を持つと自然界の至る所にFractal図形を見いだすことができる。土星の輪や、天の川のように、宇宙にもそれは見いだせる。建築家が家の設計を説明するように、複雑な雲の形を正確に相手に伝えられるかもしれない。

はたしてこの原理は、個々の個体に対してのみ有効なのだろうか?


12/08|ingコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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